健康診断結果の経年変化に視点をおいた望ましい健診結果の活用と事後措置のあり方に関する研究

研究目的

本研究の目的は、職域で実施されている定期健康診断(法定健診)に関して、各健診項目における経年変化の理解とそれに基づく事後措置のあり方を検証し、健康診断の有効活用に資するエビデンスの構築を行う。また、事後措置に関する評価指標を検討し、具体的に産業保健活動の効果評価を行う。

その中でも特に以下の課題を具体的に解決することを目的とする。

1)胸部レントゲン検査による胸部疾患の発見率に関する詳細な記述疫学、
2)現在の健診項目における経年変化と有所見(異常値)に寄与する因子、生活習慣を同定し健診項目の省略基準を提案する、
3)望まれる事後措置、保健指導のあり方と評価方法・指標を開発し実際に効果測定を実施する、
4)今後の法定健診のあり方に提言でき、アウトカム(心筋梗塞、脳血管障害や休業)について予測モデルを構築する。

本研究班では、1)全国労働衛生連合会(全衛連)の協力のもと、1000万人超の胸部レントゲン情報データベース(DB)、2)昨年までの大久保班の研究で収集した120万人×5年分の健診データベース(健診DB)、3)職域での健診データとアウトカムを収集した10万人8年分のコホートのDB(J-ECOH研究)、4)18000人の20年に渡る生活習慣と人間ドックのDB(人間ドックDB)を用いて上記目的を完遂する。また、事後措置、保健指導を含む産業保健活動の評価指標を質的研究法にて開発し、実際の評価分析を医学的、経済学的両面から行う。

本研究班の持つ健診に関するデータベースは、すでにコホート研究として始動しているものであり、それらを用いて横断、縦断解析をすることにより、経年変化を考慮した有所見の基準値(許容値)の検討と有所見率に影響する生活習慣や労働因子の検討、さらには糖尿病や心血管疾患発症のリスク予測モデルを確立する。これらの解析により、健診項目の省略基準に関する知見を得る。また、胸部レントゲン検査の有用性に関しては、胸部レントゲン検査での胸部疾患の発見率の年齢、性、地域、事業所規模別の分布を明らかにする。さらに、関連産業医等の協力を得て、事後措置とその評価方法・指標について質的研究から、望まれる事後措置を提案するとともに、翌年度の健診結果や、満足度、行動ステージレベルの評価をアウトカムにすることによりその効果評価法の提案を行う。以上のことから、法定健診の望ましい有効活用のあり方と産業保健活動の有効性評価に資するエビデンスの提供を行う。

目的と必要性

1. 職域において、法定の一般健康診断(法定健診)は、労働者の健康管理上最も重要な施策である。これまで、文献レビューや、専門家へのコンセンサス調査等での有用性の検討がなされてきたが、実際のデータの解釈、有所見とする基準値については現場サイドでの裁量に任されている。本来なら正常値(基準値)は年齢的な変化を受けるはずであるが年齢の考慮は一切されていない。さらに、法定健診は毎年実施されるため、その経年変化が重要であるが、経年変化の正常範囲の考え方(加齢変化としての許容値)や、基準値や許容値に影響する因子や、その因子の負荷量は明らかになっていない。

2. 事後措置の重要性が長年問われているが、定性的、定量的な定義が曖昧なままである。これまでは当該年のデータに基づく健康管理が主であった。そこで、経年変化にも着目した事後措置の手法を開発するとともに、事後措置に関する評価法や評価指標を検討することは、法定健診を有効活用する手段となるだけでなく、産業保健全体の効果分析にも直結する。本研究では、その基礎的なデータやエビデンスを提供することを目的とする。

独創的である点

本研究では、専属産業医を中心として、10万人規模で職域での健診データとアウトカム(死亡、疾病発症、休業)の収集を行っているコホート研究であるJ-ECOH研究、人間ドック受診者18000人の20年に及ぶデータ集積を解析するHitachi研究、さらに前年度までの労災疾病研究(大久保班)にて集計した120万人5年分の健診データベース(健診DB)を用いて、十分なサンプルサイズと追跡期間を有することから縦断解析を可能にしている点が最も独創的であり、すでに前年度までの研究にて研究分担者の溝上らが縦断解析方法は確立している。

明らかにする点

1)健診DBを用いて、縦断解析法により加齢による経年変化を分析しその正常範囲(許容値)を検討する。その結果を基に加齢影響(許容値)を超えた経年変化や有所見率に影響を及ぼす因子を明らかにする。

2)J-ECOH研究では、糖尿病や心血管疾患発症の予測モデルを作成する。これらの結果から、定期健康診断項目として省略できる基準を作成し、具体的な健診受診案を作成する。

3)専門産業医によるフォーカスグループデイスカッション(FGD)法を用いて健診事後措置とその評価方法について検討する。具体的には、就業区分判定の方法、健診事後措置面談の対象者の選定基準、実施方法・時期、フォローアップの方法・時期、結果の事業者(上司・人事)への通知方法、事後措置の効果評価の方法等について検討する。次年度での健診結果等を用いて効果判定することによって、妥当性を検討する。さらに具体的に、協力事業所での効果評価を行う。これらの成果に基づき、望ましい事後措置とその評価指標について提案する。

4) 胸部レントゲン検査結果を集計し、胸部疾患の発見率について記述疫学的に明らかにする。

1)から4)の結果を用いて、健診の効果的な実施法とその結果を活用した事後措置のあり方並びに評価指標を提示する。

期待される成果

(1)期待される成果については、労災補償行政の施策等への活用の可能性(施策への直接反映の可能性、政策形成の過程等における参考として間接的に活用される可能性、間接的な波及効果等(民間での利活用(論文引用等)、技術水準の向上、他の政策上有意な研究への発展性など)が期待できるか)を中心に600字以内で記入すること。

(2)当該研究がどのような労災補償行政の課題に対し、どのように貢献するのか等について、その具体的な内容や例を簡潔かつ明確に記入すること。 法定健康診断は、労災補償行政の中で中核をなすものであり、産業保健の中で最も重要な施策であるが現時点ではまだ、標準的な活用方法が提示できないでいる。

1. 健診結果の加齢性変化を明らかにすることによって、健診結果の有所見としての基準値を明らかにすることで、事業所間の比較や産業保健活動の評価が可能となる。また、特に、経年変化の基準値(許容値)が提案できれば、労働因子、例えば過重労働による健康障害等、労災認定において基礎資料として提言することができる。

2. 心血管発症リスクの予測モデルを作成し、そのモデルにもとづき事後措置を行うことによって作業関連疾患である脳、心疾患およびメタボリック症候群に対する予防を効果的に行うことができる。また、予測モデルからリスクを有する労働者に対する事業主の健康配慮義務の責任範囲について提案できる。

3. 健診項目として議論のある胸部レントゲン検査の実施施策に対して有効な提言ができる。

事後措置の評価指標が考案できれば、実際の産業保健活動を評価する手法や指標につき提言できる。

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