総括
本研究班では、現行の健康診断をいかに活用するか?を目的としている。特に職域での定期健康診断は毎年実施していることから、その経年変化を健康管理につなげる方法や、健康診断の異常にどのような因子が関わっているかを明らかにすることが重要である。また、健康診断を効果的に利用するために、事後措置の評価方法の開発も必要である。本研究は、これらのエビデンスを明確にして、健康診断の有効利用を通して、労働者の健康維持・増進に寄与することを目的としている。
一般定期健康診断の項目は、胸部レントゲン検査(CXR)、血圧、身体測定(BMI)、血糖、脂質、肝機能などの血液検査からなる。
胸部レントゲン検査については、平成22年に実施適応が見直されたが、改正から約10年が経過した現状の実態を考察する記述疫学研究を実施した。結核については、第2類指定感染症になっており全数が届けられているため、職域での定期健康診断の発見数と罹患数は明らかになっている。本研究では、胸部レントゲン検査で発見率と届け出られている発見率がほぼ同程度であった点で、調査としての妥当性があると考えられる。しかし、そもそも健診が発見契機になるのは全体の1/5以下であること、職域での罹患率が10万人対7.9人であること、本研究での陽性的中率が罹患率の影響もあり0.5程度であることから、特に若年者の結核検診としての役割については、今後も議論していく必要がある。
一方で、今後外国人労働者が増加する中での結核対策は重要であることから、注意が必要である。
さらに、課題となるのが肺がん検診としての意義である。現在、50-65歳の肺がんの罹患率は10万人対40-180人と、結核の5-20倍の罹患がある。肺がんの対策型検診としてのCXRは有用性が評価されている。本調査でも一定の有用性は示された一方で、CXRは低線量CT検診の約半分の有効性と評価された。海外でのRCTの結果や、名和らの日本人でのコホート研究の結果からも、CXRよりも低線量CTの方が、その死亡率減少効果が有意に高いことから、今後、肺がん検診としては、いかに低線量CTをCXRに補完して取り入れていくかが重要である。一つの推奨としては、50才以上の喫煙経験者に低線量CTを組み入れていくことが、肺がん死亡率減少に重要と考えられる。ただし、低線量CT検診は小細胞がんには効果が限定的であり、禁煙対策が検診より優先されるべきである。
一般定期健康診断の血液検査結果にもっとも影響を与えるのが、加齢とBMI値である。
BMIの変動は、男性では30代前半、女性では50代前半がピークでった。収縮期血圧値は加齢によるBMI増加値の漸減変動にかかわらず男女ともに増加変動が続き、拡張期血圧は男女ともに40代後半をピークに変動幅が減少傾向に転じた。肝機能検査の変動ピークは、男性では20代前半、女性では40代後半であった。脂質検査の増加変動のピークは、男性では20代後半、女性では40歳代後半であった。HbA1cは、男性ではすべての年代で増加を示し、女性では40代前半から増加傾向に転じた。以上のことから、循環器疾患のリスク要因である項目について、定期健康診断の実施が必ずしも義務化されていない若年代での増悪変動が大きいことが示された。従って、若年者での健康管理の重要性がより示された。
その中で、特に重要なのが体重増加への対策としての、身体活動量の重要性である。生活習慣病の原因として、身体活動低下と肥満は世界的に問題であり、その解決策のひとつとして、近年、日々の通勤手段が注目を集めている。マイカー通勤を減らし、アクティブな手段(徒歩や自転車)による通勤あるいは公共交通機関(電車・バス)による通勤を増やすことは、身体活動の不足や肥満の解消のほか、環境問題の解決にもつながる。余暇に運動をしているとBMIの増加が抑えられる傾向がみられるが、余暇運動の有無に関わらず、アクティブな手段または公共交通機関による通勤であればBMIの増加は抑えられ、マイカー通勤であればBMIはより増える傾向を認めた。身体活動の増加を日常にいかに取り入れていくかが重要である。通勤という身体活動は、健康維持に重要と思われる。今後、テレワークが推進される中で、通勤という重要な身体活動の機会が奪われることから、いかに身体活動を保持していくかが重要と思われた。
体重増加の結果として重要なのが糖尿病の罹患である。職域の定期健康診断では空腹時血糖、HbA1c、尿糖による糖尿病スクリーニング検査が含まれている。しかしながら、糖尿病を疑う検査結果でなければ精密検査や保健指導の対象とはならず、検査数値が悪化するまで放置されているのが実情である。日本人勤労者の職域定期健康診断データにもとづいて将来、糖尿病を発症するリスクを予測するスコアを開発した。HbA1cあるいは空腹時血糖のデータが得られれば、高い精度で糖尿病発症を予測できる。受診者が健康診断データに基づいて糖尿病の危険度を定量的に知ることで予防に役立てられる他、集団としてリスク層化を行うことで保健指導対象者を絞り込み、保健医療資源を効率的に投入することに役立てることができる。
健康診断の結果、治療域と判定されれば、事後措置(受診勧奨と維持)が適切に実施されているか、その達成度を評価することが重要である。しかし、これまではそれらを評価する具体的な効果指標がなかった。今回、保健事業評価のための新しい評価指標として、2003年にWHOが提唱し始めた、CC(Crude Coverage)、EC(Effective Coverage)が使用されることとなった。これらを産業保健活動の新たな指標として取り入れていくことにより、より客観的に、健康診断の有効利用評価が可能になった。
まとめ
3年間の研究により、職域での定期健康診断をいかに有効に利用するか、またその評価の方法がまとめられました。具体的な成果については、各分担研究者の報告を参照していただきたいが、現在、精力的にその成果については論文作成中であり、今後、出版されると同時に、これらの成果をより詳しくアップデートしていきたいと考えていますので、是非、日頃の健康診断の有効活用に役立てていただきたいと思います。