健康診断結果の経年変化に視点をおいた望ましい健診結果の活用と事後措置のあり方に関する研究

分担研究報告④

糖尿病のリスク予測モデルの開発 国立国際医療研究センター 臨床研究センター 疫学・予防研究部長 溝上 哲也
研究協力者:同上・上級研究員 胡 歓歓

目 的

日本は世界で最も糖尿病患者が多い国のひとつであり、2030年には成人の約1割に増えることが予想されている。糖尿病は3大合併症の他、心血管系疾患やがんのリスクを高める要因でもあり、その予防対策は急務である。糖尿病及びその関連疾患の予防のためには、勤労者集団において高危険群を同定し、生活習慣の改善に結び付けることが重要である。

職域定期健康診断では空腹時血糖、HbA1c、尿糖による糖尿病スクリーニング検査が含まれている。しかしながら、糖尿病を疑う検査結果でなければ、一般には経過観察などの指示はあっても精密検査や保健指導の対象とはならず、検査数値が悪化するまで放置されているのが実情である。糖尿病の高危険群同定のため精度の高い予測モデルの開発が望まれる。

本研究では、職域多施設研究(J-ECOHスタディ)のデータに基き、7年間の糖尿病発症を予測するリスクスコアを開発し、その予測能を評価した。

方法

1) 職域多施設研究(J-ECOHスタディ)

J-ECOHスタディは関東・東海地方に本社を置く12企業(社員約10万名)が参加した多施設共同研究である。研究では定期健康診断(2008年度以降)のほか、長期病休、心血管疾患発症、全死亡のイベントデータ(2012年度以降)を定期的に収集している。

2) 糖尿病リスクスコアの開発

2008年度(一部は2009ないし2010年度)の健康診断を受けた30~59歳の参加者約7万6千名のうち、心血管疾患、がん、精神疾患、糖尿病の既往者、リスクスコア作成に必要な変数が欠損している人、ベースライン以降1回も定期健康診断を受診しなかった人を除いた46,198人を解析対象とした。毎年の健康診断受診情報により2016年3月まで追跡した(最大7年間の観察)。糖尿病発症は空腹時血糖126 mg/dl以上、随時血糖200 mg/dl以上、HbA1c 6.5以上、糖尿病治療の自己申告のいえずれかに最初に該当した時点とした。

解析対象者から3分の2を無作為に選び、リスクスコアの開発に使用し(開発コホート)、残りの3分の1のデータをその検証に用いた(検証コホート)。糖尿病の予測変数は、性、年齢、BMI、腹部肥満、喫煙、高血圧、脂質異常症、空腹時血糖、HbA1cである。このうち、非侵襲タイプのモデルでは性、年齢、BMI、腹部肥満、喫煙、高血圧を用いた(図)。侵襲タイプのモデルでは、さらに脂質異常症、空腹時血糖かHbA1cのいずれか、もしくはどちらともを投入した。

リスクモデルの予測能評価を時間依存型ROC曲線下時面積により定量化した。さらにIntegrated discrimination improvement (IDI)とNet reclassification improvement(NRI)により非侵襲タイプから侵襲タイプに変更したときの精度の向上を評価した。

結果

追跡期間中、開発コホートでは2,216名が、検証コホートでは1,167名が新規に糖尿病を発症した。両コホート間で糖尿病予測に使用した要因の分布に大きな違いはなかった。 糖尿病をアウトカムとする多変量関連分析において、非侵襲タイプのモデルの候補予測変数はいずれも糖尿病との有意な関連を認めたため、すべてを予測モデルに含めた。一方、侵襲タイプのモデルの候補予測変数のうち性と腹部肥満は有意な関連が見られなかったため、予測モデルから除くこととした。

時間依存型ROC分析により予測精度を評価したところ、非侵襲タイプのモデルでは0.73(95%信頼区間 0.72-0.74)、侵襲タイプのモデル(空腹時血糖とHbA1cを同時に含む)では0.89であった。

IDIは、非侵襲モデルを基準とすると、侵襲タイプの各モデルでは0.17(HbA1c)、0.18(空腹時血糖)、 0.26(HbA1cと空腹時血糖の両者)であった。NRIは非侵襲タイプのモデルを基準とすると、侵襲タイプの各モデルでは0.50(HbA1c)、0.56(空腹時血糖)、0.74(HbA1cと空腹時血糖の両者)であった。

図 非侵襲タイプの7年間の糖尿病リスク予測(リスク計算)

結語

日本人勤労者の職域定期健康診断データにもとづいて将来、糖尿病を発症するリスクを予測するスコアを開発し、検証した。HbA1cあるいは空腹時血糖のデータが得られれば、高い精度で糖尿病発症を予測できる。 開発した糖尿病リスクスコアは、受診者が健康診断データに基づいて糖尿病の危険度を定量的に知ることで予防に役立てる他、集団としてリスク層化を行うことで保健指導対象者を絞り込み、保健医療資源を効率的に投入することに役立てることができる。

論文

Hu H, Mizoue T, et al. Development and validation of risk models to predict the 7-year risk of type 2 diabetes: The Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study. ‎J Diabetes Investig. 2018;9(5):1052-1059.

リスクチャート等

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/jdi.12809
*上記末尾のsupporting informationを参照

参考

以下のURLで機械学習による糖尿病リスク予測モデルを公開している。
https://www.ncgm.go.jp/riskscore/

報告書

こちらをご覧ください

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